忘れもしない、1988年10月8日(土)
その日、私は旅行代理店から受け取った航空券を持って成田空港の搭乗受付カウンターの列に並んでいた。
手にはずっしりと重たい旅行カバンと、ピカピカの赤いパスポートを握り締めていた。
それほど待たされることも無く、私の順番がやってきた。
旅行カバンを計量台に乗せ、パスポートと航空券を受付の女性に渡した。
いよいよ初の海外。 そして初の冒険の旅が始まるのだ。
そんな風に期待に胸を躍らせていた。
しかし、女性はモニターの画面と私の手渡した航空券を見ながら首を傾げている。
暫くして彼女は電話で誰かを呼んだ。
奥から航空会社の制服らしき者を着た男性(上司の方)が現れ、険しい顔して私の航空券を見て、更に私に険しい顔を向けてきた。
「この航空券、・・輸入航空券ですね」
ポカン、 恐らく私の顔にはそう書いてあったのだろう。
全く初めて聞いた言葉に、何の反応も出来なかったのだ。
男性係員は続けて言った。
「最近流行っていて、香港で発行された、香港発⇒成田経由の⇒シドニー行きの航空券で、この券を香港で購入した人が転売してあなたの手元にたどり着いたものです・・・」という内容だった。
私はまだその時点でもよく理解できずにいた。
さらに男性は続けた。
「本来の旅費である、香港⇒成田間の分をお支払いいただかないと、搭乗券は発行出来ません」と、まるで犯人でも見るかのように冷たい視線を私に投げかけてきた。
そんなこと言われても、今この時点で私にいったい何が出来るのだ。
それで、その香港⇒成田間の料金・・て?と恐る恐る訊ねると、なんと16万円だとのこと。
その時の私の軍資金は腹巻型隠し財布の中に30万円程度だった。
迷っている時間は無かった。
いまさら後戻りは出来ない。
家族にも、友達にもみんなに言いふらして、自分を追い込んで気分を盛り上げ、ついにこの日を迎えたのだ。